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神戸地方裁判所 昭和51年(行ク)10号 決定 1976年8月06日

申立人 汪萬益

被申立人 神戸入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 河原和郎 河田穣 石田赴 ほか二名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  本件申立の趣旨及び理由は別紙一のとおりであり、これに対する被申立人の意見は別紙二のとおりである。

二  一件記録によると、被申立人は申立人に対し昭和四一年二月一五日退去強制令書を発付し、申立人は昭和四九年一二月一二日右令書の執行を受け神戸入国管理事務所収容場に収容されたが、帰国準備等の理由で仮放免を請求し、同所主任審査官は期間を限つて仮放免を許可した。以後、数回にわたり右期間の延長が行われてきたところ、申立人は被申立人に対し退去強制令書の無)効確認訴訟(当庁昭和五一年(行ク)第一六号行政処分無効確認請求(事件)を提起すると共に右退去強制令書に基づく執行の停止を求める申立(昭和五一年(行ク)第九号強制執行停止申立事件)を当庁に提起し、右令書に基づく執行をその送還部分に限り本案訴訟(右無効確認訴訟)確定に至るまで停止する旨の決定を受けた。申立人は被申立人に対し昭和五一年七月二一日、「右決定により送還部分の執行停止が認められたので本案判決確定まで仮放免を許可されたい」旨の仮放免期間延長の願出をなしたが、被申立人はこれを認めず同日仮放免期間満了と共に申立人を神戸入国管理事務所収容場に収容し、翌日、横浜入国者収容場に移送した。申立人は被申立人が申立人に対してなした「仮放免期間延長請求を不許可とする処分」の取消を求める訴(当庁昭和五一年(行ウ)第一九号行政処分取消請求事件)を当庁に提起すると同時に本件執行停止の申立をした。以上の事実が認められる。

三  行政処分の執行停止の制度は、行政庁の処分に対し不服を有する者が、当該行政庁を被告として右処分の取消しを求める訴を提起した場合に、勝訴してもその実効を期し難い虞れがあるので(行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為については民事訴訟法の仮処分が排除され、また行政庁の処分に対する取消の訴の提起は、右処分の効力、処分の執行、手続の続行を妨げないとされているため)、かような事態を防止するため、本案判決の確定に至るまで一定の要件のもとに当事者間の法的状態につき暫定的な安定を図り、不服申立人の権利保全及び損害防止を目的として設けられているものである。従つて、行政庁の処分に対し執行止が許されるのは、その執行停止が認容された場合に、その直接の効果として申立人の権利保全が図られ、これによつて損害の発生、拡大が防止され得る場合に限られるといわねばならない。

ところで、本件については、仮に申立人の本件申立が認容されるとしても、それは本件不許可処分がなされなかつたと同一の状態、即ち、仮放免期間延長請求がなされたにすぎない状態が現出されるにとどまり、これによつて期間延長の効力は生じないのであるから、本件申立によつては、その直接の効果として申立人主張の損害の発生ないし拡大を防止することは不可能である。

因みに、仮放免期間の延長といわれているものの法的性質は、期間の満了により仮放免の許可は当然に失効し、又新たに仮放免の許可を与える行為であると解され、従つて仮放免期間延長請求もその実質は出入国管理令五四条一項の仮放免の請求であると解されるが、そのことは前記判断に影響を及ぼさない。

そうすると、本件申立はその利益を欠くので不適法として却下せざるを得ず、申立費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 中村捷三 武田多喜子 赤西芳文)

別紙一

申立の趣旨

昭和五一年七月二一日申立人がなした仮放免の期間延長請求につき同日被申立人がこれを不許可とした処分による執行は本案訴訟判決の確定に至るまでこれを停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

との決定を求める。

申立の理由 <省略>

別紙二

第一意見の趣旨

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

との決定を求める。

第二意見の理由

一 退去強制令書発付処分の理由並びにそれに至るまでの経緯 <省略>

二 本件収容に至る経緯 <省略>

三 申立の利益の欠除

令〔編注:出入国管理令の略。以下同じ。〕は、入国警備官は、退去強制令書(以下「退令」という。)を執行する場合において退去強制令書を受ける者を直ちに本邦外に送還することができないときは、送還可能のときまで、一定の場所に収容することができ(五二条五項)、その場合、収容されている者等は入国者収容所長又は主任審査官に対し、仮放免を請求することができる(五四条一項)、そして、右請求があつたときは入国者収容所長又は主任審査官は、(1)収容されている者の情状及び仮放免の請求の理由となる証拠並びにその者の性格、資産等を考慮し、(2)保証金を納付させ、かつ(3)「必要と認める条件」を附してその者を仮放免することができるものとする(五四条二項)。

実務上、仮放免の許可に当たつては、仮放免の期間を設けているが、これは右の令の規定によれば「必要と認める条件」を附したこととなるものである。したがつて、条件成就即ち期間の満了をもつて当然に仮放免の許可は効力を失ない、もとの収容されている状態(退令の収容部分が執行されている状態。以下同じ。)に復するのである。(この点、仮放免の取消(令五五条)のように特別の手続を要しない。)そして、仮放免の期間の延長も実務上行われるが、これは、仮放免の許可に附した条件を一部変更するものであつて、延長がなされれば、元来、当初の期間の経過により仮放免の許可が効力を失い、もとの収容されている状態に復すべきものであるところ、延長された期間だけ右許可が効力を有するに至るものである。

申立人は、被申立人が右の期間を延長しなかつたことをもつて、「仮放免期間延長請求却下処分」をなしたものとして、その執行停止を求めているものであるが、期間延長の右のような性格からして、仮に被申立人の「却下処分」の執行を停止したとしても、当然に期間延長がなされたこととなるものではなく、当初の期間の経過により、仮放免の許可は当然に効力を失い、もとの収容されている状態に復すものであつて、申立人の意図するように、本案判決(右「却下処分」の取消判決)が確定するまで、仮放免されたままの状態でいられるわけではないので、執行停止の申立てをする利益はないものといわざるを得ない。(なお、許認可等の拒否処分については、執行停止を求めることができないとするのが通説、判例である。例えば、雄川「行政争訟法」法律学全集二〇〇ページ、今村「執行停止と仮処分」行政法講座三巻三一一ページ、判例については疎乙一〇号一ないし七)

仮に仮放免期間の延長の申立てが令五四条に基づく仮放免の(新たな)請求であると解釈する余地があるとしても同様である。右請求がなされているという理由のみで退令に基づく収容の執行がなされ得ないとか、請求中の仮放免の許否が決せられるまで引続き仮放免が継続されるべきとする根拠は全くない。

実務上も仮放免期間満了とともに退令収容され、かりにその後に至り、請求中の仮放免が許可されれば、その後再び解除されるのである。

もつとも、右「却下処分」の執行停止をすれば、「仮放免期間延長請求」の手続は未了となるが、右手続を未了の状態に置く法的利益がある。換言すれば、「仮放免期間延長請求」をなした申立人の(請求人たるの)地位が法的保護に値するものであるとして、なお、本件申立ての、申立ての利益を肯定する余地があるかのようにも考えられる。殊に、法務大臣の「在留期間更新不許可処分」についての効力の停止を認めた東京地裁決定昭和四五年九月一四日判例時報六〇五号二四頁の例からして、本件申立てについても同様に効力の停止が認められるべきではないかと考える者があるかも知れない。

しかし、前述のような、仮放免についての令の規定並びに実務上行われている仮放免の期間の延長の性格からして、期間延長の請求の如きものは全く考えられないし、在留期間の更新の場合には、従来適法に在留活動が認められていたのであるから、更新の申請がなされ、これに対する行政庁の許否の応答のない限り、不法残留者として取扱われることが適当でないといえる余地があるとしても、仮放免の期間延長の場合には、もともと退令の発付により在留活動の禁止が確定して収容され、その後期間を限つて仮放免(収容の一時的解除)がなされたものであるから期間経過後の期間延長請求人たるの地位が法的保護に値いするものでないことは明らかである。

(以下<省略>)

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